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2023年3月15日版

プロフェッショナルの仕事D 感謝すべき天職との出会い!

このコラム「マンスリーレポート」では、2022年8月10日版で彫刻家の円鍔勝三(えんつばかつぞう)氏をとり上げました。その後、カーディーラーのトップセールス、小売業の名店長、介護のスーパープロ施設長をとり上げました。今回は、その5回目で、賃金総研の所長の話しを紹介することとしました。

Q1.所長がよく語られる「天職」との出会いについて、聞かせて戴けますか?
民秋 史也社長(当時)
A1.私の場合、その「天職」との出会いは、とても遅かったです。
昭和63年(1988年)4月1日の登録です。40歳直前でした。いわば、スピンアウト直前に、社会保険労務士の登録をしたことになります。
それまで、仕事が多忙でしたし、仕事はおもしろく、とてもやりがいを感じる日々でした。当時、3社目の企業勤めでした。
スポーツ用品のモルテンの人事課長兼総務課長をしていました。2つの出来事が、私を今の仕事に出会わせてくれました。めぐり合わせでしょうか。いつもは、配属辞令を切る立場にありましたが、私自身が異動の対象となっていました。
鬼木 春夫所長

1つ目は、東京本社への異動の内示でした。東京本社を建て、そこの管理部門へ広島本社から異動する内示が、当時の民秋史也社長から直接本人になされました。家の中の片づけも少しずつすませ、いつでも出かけられるハラを固めていました。「やはり、お前は広島本社に残れ」ということで、私の代わりに、部下の係長が、東京本社に異動することになりました。

2つ目は、アメリカのロサンゼルス支店に異動する内示でした。これも、民秋社長から直接本人になされました。2度目の内示も、受けるつもりで、ハラを固めていました。この時も、「お前は、日本に残れ」となり、経理部長が、ロサンゼルス支店長として赴任しました。その後、当方は、いずれ取りたいと思っていた社会保険労務士を受験。1回目で合格でした。受験勉強は、のべ1000時間(半年)の勝負でした。2つの異動中止と短期決戦での合格のフリが、「天職」へと自分を走らせる結果となりました。
Q2.もう1つ質問です。なぜ、「プロ意識」の強化を掲げておられるのですか。この点も、聞かせて下さい。
A2.私の場合、「労務管理は、企業経営の中で最も遅れた分野で、大幅な合理化が必要だ」と考えていました。「日本の人事革新を改善現場から推進する」というのが、創業以来の当社のスローガンでした。
平成14年(2002年)に、アメリカのTPIのルー・タイス会長のコーチングセミナーを受ける機会がありました。この時のビジョンビルディング研修と、モルテン時代のアメリカ人社員の仕事の進め方から、自分と日本人の意識のちがいを自覚させられました。「プロ意識の弱さ」を自覚させられました。「プロ意識」をもっと高めなければ、担当としても指導者としても、彼らに追いつけないというのが実感でした。人事制度の合理化とプロ意識の強化が、何よりも大事なテーマだと、認識させられたのです。「プロ意識」の強化が、当方の果たすべき使命の1つとなっています。

◎連絡先  
株式会社 賃金システム総合研究所
賃金総研 社労士法人
Mail:css@chinginsoken.co.jp

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